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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)9207号 判決 1964年5月06日

原告 株式会社 テーラーミスター

被告 国

訴訟代理人 宇佐美初男 外一名

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

(当事者の求める裁判)

第一、原告

一、被告は、原告に対し、金九二万円およびこれに対する昭和三七年一〇月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は、被告の負担とする。

第二、被告

主文同旨

(当事者双方の事実上および法律上の主張)

一、原告の請求原因

一、原告は、昭和三六、七年当時、別紙目録第二記載建物(以下単に第二建物という。)において洋服その他繊維製品の製造販売業を営んでいたものである。

二、昭和三七年一〇月一三日午後四時頃、東京地方裁判所執行吏内村寅吉代理訴外林芳助は、東京地方裁判所が昭和三六年七月四日発令した債権者訴外黄允淞、債務者原告および訴外永野己津恵間の「別紙目録第一記載の建物(以下単に第一建物という。)の階下四坪について債務者の占有を解き、これを債権者の委任した東京地方裁判所執行吏の保管に付す」旨の仮処分決定(同庁昭和三六年(ヨ)第四、一八〇号)の執行として、第二建物の階下四坪に対する原告の占有を解いて右執行吏代理の占有を移した。

三、右本件執行にいたる過程は、つぎのとおりである。

(一)  前記永野己津恵は、現在は第二建物のある場所に建つていた第一建物を昭和三〇年頃まで右黄から転借していたが右建物が老朽したため建物所有者の承諾を得てこれを取り毀し、原告が第二建物を建築した。黄はこの事実を争い、前記仮処分決定(以下単に本件仮処分という。)を得たのである。

(二)  右仮処分決定は、昭和三六年七月五日東京地方裁判所執行吏訴外寺田浩、同代理訴外森山五郎によつて第二建物に対して執行されたので、原告は、同月一三日同裁判所に債権者黄を被告として第三者異議および所有権確認請求訴訟(昭和三六年(ワ)第五、三八四号)を提起し、その異議訴訟における仮処分として同時に仮処分執行の取消(昭和三六年(モ)第九、四七八号)を申し立てた結果同年九月四日仮処分執行取消決定を得た。黄はこれに対し即時抗告(東京高等裁判所昭和三六年(ラ)第七一二号)をしたが、昭和三七年三月二七日棄却された。

(三)  原告は、右取消決定がある以上は黄も同一仮処分決定では執行しないであろうと考えかつ審理の簡素化を図るため、昭和三七年八月一〇日前記東京地方裁判所昭和三六年(ワ)第五、三八四号事件のうち第三者異議の部分を取り下げた。

(四)  しかるに黄は、同年一〇月二日右取下を奇貨として再び本件仮処分決定の執行を執行吏に委任し、これにもとづいて同月六日執行現場に臨んだ執行吏松本弘は、右仮処分表示の第一建物は存在しないとして執行不能の処分をした。

(五)  前記林執行吏代理は、同月一二日さらに黄からの本件仮処分執行を受任し執行現場に臨んだが原告が第二建物に執行するのは不当であるとの抗議をしたので一旦これを中止した。しかし翌一三日、執行吏役場において執行当事者と執行吏らが会合し両者の間に意見が交換された結果、林執行吏代理は、原告の抗議や従前のいきさつを無視して本件仮処分の対象は第二建物であるとして本件執行をしたのである。

四、ところがこの現実に存在して本件執行を受けた第二建物と本件仮処分の対象として表示された第一建物とは、構造面積において明白な相違が認められるほか、第一建物の位置表示が池袋駅から五戸目となつていたのに対し第二建物は四軒目にあつた。このように右両者は同一と認められないことは経験則上明らかで、第一建物に対する右仮処分決定は第二建物についての有効な債務名義とはいえないにもかかわらず、これを無視してなされた上記仮処分執行は右林執行吏代理の故意又は過失にもとづく違法な公権力の行使である。

五、また松本執行吏は前記のごとく昭和三七年一〇月六日仮処分の執行不能処分をしたのであるが、この執行不能処分は完結処分であるから法的安全の要請と民事訴訟法第五四四条にかかる場合の救済手段が定められた趣旨に鑑み、執行不能処分に対しては執行方法の異議(前同条)によつて裁判所の当該処分の取消または続行をなすべき旨の裁判を得ない限り、債権者は更に執行を委任できず、執行吏もまたこれを受任して執行することは許されない。しかるに本件では林執行吏代理は、右執行不能処分があるにもかかわらず右裁判なしで積権者の委任を受け続行の形式で本件執行をしたもので、これは同人の故意過失にもとづく違法な行為である。

六、原告は、同月一五日前記東京地方裁判所昭和三六年(ワ)第五三八四号訴訟事件の請求の趣旨を再び第三者異議および所有権確認の趣旨に改めたうえ、その異議訴訟の仮の処分として同裁判所に右林執行吏代理のした本件執行の取消を申請(昭和三七年(モ)第一四、一九三号)し、翌一六日取消決定を得て同日午後一時右執行は解放された。

しかしこの違法執行によつてこれが取消に至る間原告の第二建物における営業は不能となり、原告は左のとおりの損害を蒙つた。

(一)  昭和三七年一〇月一三日午後四時から同月一六日午後一時までの営業禁止による得べかりし利益の喪失金四二万円。

(二)  この営業休止によつて生じた信用毀損による損害金五〇万円。

七、よつて被告は、原告に対し、右損害額合計九二万円およびこれに対する損害発生後の昭和三七年一〇月一七日から完済まで民法所定年五分の割合の遅延損害金を支払う義務がある。

二、被告答弁および主張

一、原告主張の請求原因事実中、第一建物取毀および第二建物建築の事実、第三者異議訴訟取下の動機および損害の発生を争うほかはすべて認める。

ただ本執行およびその受任は後記のとおり適法であり、林執行吏代理にも義務違反はない。

二(一) 本件仮処分の目的物件は第一建物としての文字による表示のほか別紙図面が添付されその朱線部分として特定されている。執行の際には九〇坪らしき建物は存在せずかつ執行した建物向つて左から四戸目であつたが、五戸目であるか四戸目かは決定的ではなく、図面によれば間口二間奥行二間の部分が朱書されその後に接続の家屋が付記してあり、第二建物を正確に表示していた。

(二) 執行吏は当該事件に関連する過去の執行記録があればこれを参考にするが、本件仮処分決定にもとづいて原告主張のとおりの執行がなされたほか、本件建物についてはつぎのとおりの執行事件があつた。

(イ)  前記林執行吏代理は昭和三六年六月一二日、執行債権者黄允淞、債務者永野己津恵および生井盛間の東京高等裁判所昭和二九年(ネ)第八二一、第八二二号家屋明渡控訴事件和解調書にもとづき第二建物明渡の執行をしたが、この和解調書に明渡の対象として表示されていたのは第一建物(一、二階とも)であつたが、その執行に際しては二階についてのみ原告のものであるとの異議が申立てられただけであつた。

(ロ)  執行吏訴外江口留蔵は昭和三六年一〇月一四日、債権者原告、債務者黄間の債務者黄の第二建物として表示された建物の占有を解いて債権者たる原告の委任した執行吏にその保管を命ずる旨の仮処分決定(豊島簡易裁判所昭和三六年(ト)第一九〇号)にもとづく執行をしたが、この仮処分の目的が右和解調書による執行の対象となつた物件であることは、当事者間に争いがなかつたのである。

(三) 以上のとおり林執行吏代理は仮処分の目録と図面による表示を考えあわせ建物の所在場所大きさ構造および他に係争建物の存在しないこと等の事情を綜合判断し、さらに占有の状況を確かめ、第二建物を仮処分決定の目的の建物と認めて執行したもので適法かつ何ら注意義務の懈怠はない。

すなわち執行吏は、債務名義が存在する以上係争中の実体関係について審査することなく、単に債務名義の目的物が存在しているかどうかを調査判断してこれが存在すると認めるならば執行すべきは当然である。原告の非難は実体的権利の存否を理由とするものでいささか正鵠をえないきらいがある。

三、また執行吏の執行行為は事実行為にすぎず既判力あるいは自己拘束力をもつものではない。従つて、債務名義が執行力をもつ限り前の執行でいかなる処分が行なわれたかに関係なく執行債権者の委任を受け当該債務名義を執行できるから、執行吏の処分に不服ある債権者としてもその執行の続行を求めるために民事訴訟法第五四四条による手続をとる義務はなく、執行吏がその執行の要求をいれる限り同条の手続を求める必要もない。

(証拠関係)

一、原告

甲第一ないし第九号証、第一〇号証の一ないし三、第一一ないし第一六号証、第一七号証の一ないし四を提出し、証人生井盛、同松本弘、同安藤一二夫の各証言および原告会社代表者本人尋問の結果を援用し、乙号各証の原本の存在および成立を認めた。

二、被告

乙第一ないし第一一号証を提出し、証人林芳助、同関信雄、同江沢義雄の各証言を援用し、甲第一四号証および第一七号証の一ないし四の各成立は不知、その余の甲号各証の成立(第二ないし第九号証、第一〇号証の一ないし三、第一一、第一二号証については原本の存在と)を認める。

理由

一、請求原因記載の仮処分決定(東京地方裁判所昭和三六年(ヨ)第四、一八〇号)が発令せられたことおよびこれに基づき昭和三七年一〇月一三日訴外林執行吏代理が第二建物について執行吏占有に移す執行をしたことは、当事者間に争いがない。

原告は右執行が林執行吏代理の故意又は過失にもとずく違法な公権力の行使であると主張し、被告はこれを争う。そこでまず本件執行が違法なものであつたか否かを検討する。執行吏は、国家執行機関として私法上の給付義務の存在を宣言した「債務名義」の内容の実現をはかるのが職務であり、従つてその執行にあたつては債務名義が唯一の基準となるので、執行吏はその職務を行うについてこの内容を解釈認定しその結果に従つて執行をなすべきは当然である。ところで当事者間に争いのない本件建物をめぐる紛争の過程と証人江沢義雄の証言をあわせると、

右仮処分債権者黄および裁判所が意図した仮処分の対象は現実に存在した第二建物であることが認められる。

しかし執行吏が債務名義の記載をはなれて裁判所その他債務名義作成者の意図を忖度して行動することはその職務の範囲を逸脱するもので、執行の基準は専ら債務名義の記載自体に求めこれによつて執行の対象が明確とならないときはその執行を行うべきではないと考えられるから、本件において問題は右仮処分決定の目的として表示された第一建物および添付図面が現実に存在した第二建物を指示するものと解釈認定できたかである。

一般に特定物についての債務名義の表示は本来直接具体的に対象物を指示すべきところを文字あるいは図面で表現するのであるから、いかに詳細な記載であつてもなお不正確または不完全であることは免れ得ないところである。従つて物件の表示と現実の物件の間に多少の不一致があつたとしても、両者の差が同一性を失わない程度であれば当該債務名義はその対象と考えられる物件について有効である。

これを家屋の場合について考える。この表示と物件の相違は、当初から表示が誤つている場合にも始めは正確な表示であつたが物件が変化したため表示との間に食違いができた場合にも生ずる。いずれの場合をとわず債務名義表示の建物と実在する建物が経験則上同一性を有すると考えられないときには、当該債務名義による執行は違法であつて許されない。すなわち所在地の地番の相違によつて建物の位置が異つていることが明白に認められる場合や表示では木造家屋であるのに現実には鉄筋コンクリート造であることにより建物の構造が根本的に違つていると考えられる場合等においては、その家屋に対する債務名義とはいえない。これに対し部分的な増改築によつて生じた構造面積の差が表示と現実の建物の間に存するときのように両者が根本的には同一建物であると認められる場合には、この相違にもかかわらずその建物に対する有効な債務名義として取扱うべきである。

しかるところ成立に争いのない甲第一号証、第五および第六号証、乙第一号証、第五ないし第七号証と前記当事者間に争いのない事実によると、前記林執行吏代理がした本件執行以前昭和三六年七月五日にも右仮処分決定にもとづいて第二建物に対し執行がされていること、その後昭和三七年一〇月六日松本執行吏が執行不能としていること、第一建物と第二建物ではいずれも構造が木造二階建であつたこと、第一建物を表示するものとして添付された図面は第二建物と形状面積が合致していたことおよび敷地の地番はともに同一であつたこと、さらに屋根については鋼板葺と木羽葺の差があり、位置の表示が第一建物については左から五戸目となつていたのに対し現実には四戸目であつたこと、一棟数戸建のうち一戸四坪との仮処分決定の表示に対し第二建物は建坪九坪八合四勺の独立家屋の一部四坪であつたことが、それぞれ認められる。

これらの違いのうち屋根の材料が異なつていることは部分的なものでしかも容易に改造できる点であり、右の位置の表示の相違も相対的なものにすぎずまわりの各戸の改造改築によつて変化することもあるから、これらの表示の相違によつてその同一性が害されるものではない。その余の独立家屋の一部の違いと総建坪の相違については前記認定事実および証人林芳助の証言によれば、占有者が債務名義記載の債務者であり他に類似の建物は存在しなかつたこと、外観上は近くの数戸は連らなつていたこと、添付図面は正確に現存の第二建物を表示し執行の対象となるべき四坪を特定できたこと、右図面による執行の対象四坪が第一建物であつて一棟九〇坪の建物の他の部分が取壊されこの背後に付加して五坪余の建物が増築されたものとも考えられること、が認められ、以上のとおりの事実を総合すると別紙図面が添付された第一建物の表示と第二建物との間には同一性が認められ、右仮処分決定にもとづく第二建物に対する本件執行は適法といわなければならない。

なお成立に争いのない甲第一号証、第九号証、第一三号証、原告会社代表者永井己津恵本人尋問の結果によると、第一建物に符合する建物が昭和三〇年頃まで存在していたこと、本件執行を受けた第二建物は昭和三一年頃原告会社が建築した家屋であることが認められ、かつ、原告が本件執行の債務名義である本件仮処分決定について提起した、「これに基づいて昭和三六年七月五日した執行はこれを許さない」旨の判決を求める第三者異議訴訟(東京地方裁判所昭和三六年(ワ)第五、三八四号)の仮の処分(同庁昭和三六年(モ)第九、四七八号)により右執行は取消され、この取消決定に対する抗告(東京高等裁判所同年(ラ)第七一二号)も棄却され、さらに本件執行も第三者異議の仮の処分(東京地方裁判所昭和三七年(モ)第一四、一九三号)として取り消されたことは、当事者間に争いがないが、一般に第三者異議における仮処分としての執行の停止もしくは取消はその執行を妨げるべき何らかの実体上の権利の存在が一応認められることを理由とするもので、執行または債務名義の形式的違法をその理由とするものではないから、実体上の権利の存否を問題とすることなく専ら債務名義が形式上命ずるところに従つて執行処分をなすべき執行吏の職分とは相交錯するものではない。従つて執行吏による執行が第三者異議の仮の処分で取り消されても、その執行の当不当とは何らの関係もない。ただ成立に争いのない甲第七、第九、および第一一号証によれば、右第三者異議事件において原告が執行不許の理由として主張したのは第一建物の所有権が原告の所有に属すること、すなわち所有権の原告帰属という実体的なものであるが、その理由は第一建物は滅失しこれに代つて第二建物が原告によつて建築されたので第一建物として表示されているものは実は第二建物であつてそのものは原告の所有に属するというものであり、従つて第一建物と第二建物が同一であるか異るものであるかは、第一建物として表示されている物件が原告の所有に属するかどうかの判断の結論と軌を一にするものであることが認められる。

しかるに、前記のごとく第一建物と第二建物とは別の存在であることが認められ第二建物は原告の所有に属することが一応認められるとして前記昭和三六年七月五日の仮処分の執行および昭和三七年七月一三日の本件仮処分執行が取り消されたのであるから、あたかも第一建物と第二建物は同一であるとして執行した右各執行の違法が右各執行取消決定によつて裏付されたかのごとき観がないではない。しかしなお詳細に考えると、右第三者異議訴訟における建物の同一性の判断は第一建物として表示された元の建物が所有権の客体としての同一性を保持しつつ第二建物として表示される建物として現存するか否かを判断するものであり、本件執行における建物の同一性の問題は、第一建物として表示された建物が現存すると、それが滅失して新らたに第二建物が建設されたものであるとにかかわりなく、第一建物の表示が経験則上第二建物を指示するものとして両者間に同一性が認められるかの判断であつて、これらの判断はいずれも建物の同一性に関する判断ではあるが、その判断の面において異るところがあるのである。従つて執行裁判所が実体的な審理を遂げたうえ右に述べるような意味での建物の同一性についてした判断と本件執行について執行吏が債務名義たる本件仮処分命令の形式的審査にもとづいてした建物の同一性についての判断が異つても両者に間然するところはない。

二、仮りに右第一建物と第二建物の間に同一性がないとしても、成立に争いのない甲第四、第五号証、乙第一、第二号証、第五ないし第九号証および証人安藤一二夫、同林芳助、同江沢義雄の各証言ならびに原告会社代表者本人尋問の結果によれば、昭和三一年頃まで存在していた第一建物の表示に符合する家屋を訴外永野己津恵が本件仮処分債権者黄から賃借していたこと、右家屋について昭和三〇年九月二一日黄と右永野および訴外生井盛の間に家屋明渡の訴訟上の和解(東京高等裁判所昭和二九年(ネ)第八二一、第二二二号)が成立していたこと、しかるに昭和三六年六月一二日右和解の執行力ある調書にもとづき林執行吏代理が、昭和三一年頃永野らの設立した原告会社が右家屋をとりこわして建てた第二建物明渡の強制執行をした際には物件が異るとの異議は述べられず、単に二階は永野の所有であると抗議されたにとどまること(執行吏の執行は専ら債務名義の記載に従つてなされるべきではあるが、その注意義務の程度は債務者の異議の有無に影響を受けるというべきである。)、第一建物の二階は永野の建築にかかるものであることは右和解調書にも記載があること、ならびに原告会社は右執行に対しては何らの法的措置もとらず黄の代理人と交渉して示談解決したことが認められる。そして本件仮処分の対象は右和解調書と同一であり、かつ右調書による強制執行にあたつては何ら物件の同一性についての異議は述べられず、また昭和三六年七月五日には本件仮処分にもとづく執行がなされており、これに前判示から認められるとおり(仮りに第一建物と第二建物の間に同一性がないとしても)添付図面を考慮すると同一性の有無の限界に近い事例であることを考えあわせると、第二建物を本件仮処分の対象であると考えたこともやむをえない特段の事由があるものというべきである。

林執行吏代理は本件執行にあたつて受けた原告の異議について一応の調査義務を尽しているのであつて、かつ原告が右異議にあたつて成立に争いのない甲第一〇号証の一ないし三によつて特に強調した前記執行取消決定および即時抗告棄却決定は第三者異議訴訟に伴う仮の処分であり、実体上の権利関係にもとづくものであるからこの存在を顧慮することは執行吏の職務の範囲を逸脱するものでそのような必要はない。

そうすると結局、本件執行について林執行吏代理の注意義務違反があつたとも認めることもできない。

三、前記松本執行吏が本件仮処分決定にもとずく執行を目的物が存在しないとして不能処分にしたことは当事者間に争いがない。ところで原告は一旦執行不能処分がある以上、執行方法の異議によらない限り当該債務名義によつては再度の執行委任はできないし、執行吏もこれを受任してはならない職務上の義務を負うと主張するのでこの点について判断する。

執行吏のなす執行処分とは本質的には事実行為であつて、判断作用は右職務遂行に必要な限度で行使されるにすぎずその判断の正当性を確保する手続的丁重さをもつ何らの手段も講じられていない。執行吏の判断には何らの既判力自己拘束力もないのは当然である。従つて執行吏は一度ある債務名義にもとずく執行を不能とした場合でもこの判断が誤りであると考えたときにはいつでも債権者の依頼により続行の形で執行を再び試みることができるし、執行債権者は債務名義が満足されない限り何度でも執行を委任できる。またこの以前の執行不能処分の是正にあたつては、当該処分をなした執行吏に限らず誰でも同一管轄区域内の執行吏の権限を持つている者であれば執行を続行できるのである。

なお東京地方裁判所執行吏合同役場内で受持区域が定まつているが、この定めは内部の事務分配規定にすぎず、これに違反してなされた執行といえども対外的な効力には何らの影響もない。しかも証人松本弘、同林芳助、同関信雄の各証言によれば、執行吏代理については右受持区域の定めはなく随時必要に応じて派遣されるもので、本件物件の所在地が林執行吏代理の受持区域外であつたのに何らかの作為により本件執行の担当者となつたとの事実も認められない。原告の主張はおよそ理由がない。

四、結論 その余の原告の主張について判断するまでもなく、原告の主張はすべて理由がない。よつて原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 菅野啓蔵 三好徳郎 稲葉威雄)

目録

第一 東京都豊島区池袋二丁目八六六番地

木造木羽葺二階建店舗建坪九〇坪のうち向つて左より五戸目の一戸 建坪四坪二階四坪

第二 東京都豊島区池袋二丁目八六六番地

木造鋼葺二階建店舗兼居宅一棟

建坪九坪八合二勺、二階九坪八合二勺

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